2010年9月 1日 (水)
【第40回】日本における応援のルーツを考える
18期生 高田 温さん
ご存知の方もいらっしゃると思いますが
私は高校、大学と応援部に所属しておりました。
早稲田と応援が本当に好きで高校三年時の卒業論文も
「日本における伝統的応援のルーツを考察する」
といったものを書こうとしていました。
(結局「リーダーシップ論」に変わってしまいましたが)
今でこそ光景は変わってしまったと聞いていますが
かつて野球応援や稲稜祭では学院生が狂ったように
校歌、応援歌、応援曲を歌っていました。
そこまで人を惹きつけるものとは何なのか?
「ただ大騒ぎしたい」という心理ではないと思う。
もちろん母校愛の発揮というものもありますが
日本人根底に持つ祭事への意識にその背景があると考えました。
「応援とは神事をルーツに持つ勝利の神を呼ぶ儀式」
これが当時出した応援のルーツの仮説です。
応援部員=シャーマン
リーダーテク=神を呼ぶ踊り
と考えると応援部は学生の勝利を熱望する思いを
まとめ、天に伝えて神を呼ぶ団体ということになります。
(当時この考えを大学の先輩に言ったら「それはおもしろい!」と大爆笑されましたが。)
校旗にしても、自陣であることを証明することはもちろんですが
諏訪の御柱祭のように勝利の神が降臨するための目印。
いわゆる結界の柱の役目を担っていると考えてみても良いと思います。
皆様も野球応援の際には上記のことを少しでも意識して応援をすると
より一層勝利への思いが強まるのではないでしょうか。
共学化により学院生のスタイルも変わってきておりますが
母校の勝利を願う気持ちと早稲田魂は大切にしてもらいたいと
思う今日この頃なのでした。
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